妖怪探訪記

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島根県松江市のラフカディオ・ハーンの旧居を初めて訪れたのは、1967年、9歳の時です。父に頼んで、当時住んでいた広島からバスに乗っての連れてもらったのを憶えています。ルートの地図を絵に描いたものが残っているくらいなので、当時としては嬉しくてたまらない出来事だったと思います。ラフカディオ・ハーン、小泉八雲の「怪談」は、単に怪奇談にとどまらず、日本の風土を強く感じさせてくれる物語として、こども心にも深い感動をもたらせてくれました。
この紙芝居もこの頃制作していたものの中の一つです。原作は、アンデルセンの「小夜啼鳥」だと思います。話自体はシリアスですが、ストーリーをうまく文に書き起こせないので、絵の裏の文章を何度も書き直している痕跡が残っています。また、ゼンマイ仕掛けの鳥のような描写は、ハリー・ハウゼンの特撮映画「シンドバッド7回目の航海」などを観た影響が強かったのではないかと思います。
これは1969年小学校5年生の時に作った紙芝居です。この頃はこのような紙芝居をたくさん作っていました。筋書きはかなりめちゃくちゃなものだったと思いますが、紙芝居の筋を考えるためにいくつかの話を集めたのが楽しい思い出で、後の妖怪探訪の出発点だった気がします。きつねの話には、幻想的、神秘的な情景が多いのですが、たぬきの話は、とてもトンチや風刺が効いたコメディタッチのものが多くあるようです。前年1968年には、大映映画の「妖怪百物語」「妖怪大戦争」などが封切られ、夢中になりました。
江戸時代に、稲生武太夫なる人物がいました。こどもの頃の名前が平太郎、彼が16歳の時に体験した、妖怪にまつわる不思議な話をまとめた物語「稲生物怪録」が広島県三次市にあります。江戸時代中期の寛延2年(1749年)5月夕刻、稲生平太郎は権八という相撲取りと比熊山に行き、肝試しを行います。そのことによって7月1日からの30日間、二人に降りかかる世にも不思議な怪異現象が記載されています。そして、それらの試練をを乗り越えた30日目に、妖怪の親分格の山本五郎左衛門より健闘を称えられ、魔物たちは大名行列のごとく立ち去った、という物語です。
京都市中京区の壬生寺に「壬生狂言」というものがあります。鎌倉時代の正安2年(1300年)円覚上人によって身振り手振りでの仏の教えを組み込まれた無言劇がその始まりとされ、以後700年以上受け継がれているものです。内容もコミカルなものから風刺の効いたものまで、30演目あります。「土蜘蛛」「鵺」なども含まれ、人気の演目となっています。
信太森葛葉稲荷神社(しのだのもりくずのはいなりじんじゃ)大阪府和泉市
歌舞伎などで知られる「葛の葉物語」の舞台となった場所として知られ、安倍清明の母の白狐が住んでいたとも伝えられています。
葛の葉は童子丸(後の清明)が5歳の時、正体が安倍保名に助けられた白狐であることが知られてしまい、全ては稲荷大明神の仰せであったことを告白し、この一首を残して信太の森へ帰って行きました。

恋しくは 尋ね来て見よ
        和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉
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